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東京地方裁判所 平成10年(む)141号 決定

主文

福岡県中央警察署司法警察員丸山隆が平成一〇年二月一〇日別紙(一)記載の場所でした別紙(二)記載の物件に対する差押処分を取り消す。

理由

一  準抗告申立ての趣旨及び理由

準抗告申立書記載のとおりであるが、要するに、司法警察員がした別紙(二)記載の物件(以下、「本件顧客管理データ」という。)の差押えは、被疑事実との関連性がなく、差押えの必要性もない物件の差押えを許可した違法な捜索差押許可状に基づくものであり、また、本件顧客管理データは、本件被疑事実と関連性がなく、差押えの必要性もないものであるから、右差押処分は違法であるとして、その取消しを求めるというのである。

二  当裁判所の判断

1  記録によれば、以下の事実が認められる。

(一)  平成一〇年二月六日福岡簡易裁判所裁判官Aが発付した捜索差押許可状(以下、「本件捜索差押許可状」という。)に基づき、福岡県中央警察署司法警察員丸山隆らは、平成一〇年二月一〇日、東京都墨田区甲野ビル四階株式会社乙山・インターネット(以下、「本件会社」という。)東京支店内を捜索し、本件顧客管理データなどの物件を差し押さえた。

(二)  本件捜索差押許可状請求の被疑事実の要旨は、「氏名不詳の被疑者は、インターネット接続会社(以下、「プロバイダ」という。)である本件会社の会員であるが、平成九年一二月一六日ころから平成一〇年一月一三日ころまでの間、東京都墨田区甲野ビル四階所在の右会社東京支店に設置された同会社の管理するサーバーコンピュータのディスクアレイ内に、男女の性器、性交場面等を露骨に撮影したわいせつ画像の画像データの含まれた「あんぐらびでお」と題するホームページ(以下、「本件ホームページ」という。)のデータを記憶、蔵置させて、インターネットに接続可能なパソコンを有する不特定多数の者が、一般電話回線を利用して右ホームページ中のわいせつな画像を再生、閲覧可能な状態を作り出し、もって、わいせつな図画を公然陳列した」というものである。

2  個人がインターネット上にホームページを開設する場合は、プロバイダと契約して会員になる必要があるところ、ホームページのアドレスは、ドメイン(機関名)とアカウント(使用者名)等からなっており、ドメインによりプロバイダが識別され、アカウントにより当該ホームページの開設者が識別されるため、ホームページのアドレスによりその開設者の特定が可能である。また、ホームページに連絡先等として電子メールのアドレスが掲載されていれば、電子メールのアドレスも、ドメインとアカウント等からなっているので、これによっても開設者の特定が可能である。

本件ホームページには、電子メールのアドレスが掲載されているところ、ホームページ及び電子メールの各アドレスのアカウントは、いずれも「morokin」であったことが認められる。これによれば、本件ホームページを開設した被疑者は、その氏名等は未だ不詳であるとしても、ホームページ及び電子メールの各アドレスに「morokin」のアカウントを使用する者であると認められる。

3  そして、本件捜索差押許可状の差し押さえるべき物は、サーバーコンピュータ、ディスクアレイ、ルーター等通信機器、本件に関するデータが記録されたフロッピーディスク・マグネットオプチカルディスク等電磁的記録媒体、本件に関するデータをプリントアウトした書面、ログファイル・苦情処理作業内容が記録されたフロッピーディスク等電磁的記録媒体、パーソナルコンピュータ、ハードディスクドライブユニット等記憶ソフト起動機器、プリンター、苦情処理等業務作業に関する簿冊、電子掲示板広告資料、広告に関する書類、金銭出納簿、代金の支払い受領等に関する領収証書等書類、伝票、申込書類、入会申込書、顧客名簿、通信文、電子メール控、私製電話帳、アドレス帳、手帳等メモ帳票類、名刺、ID番号記録紙、預貯金通帳、印鑑となっている。

4  ところで、本件会社は、本件被疑事実の被疑者ではない上、利用者のプライバシー保護が強く要請される電気通信事業法上の特別第二種電気通信事業者であるから、本件会社に対する捜索差押の適法性を判断するにあたっては、捜索差押の必要性と並んで利用者のプライバシー保護を十分に考慮する必要がある。

5  そこで、本件捜索差押について検討すると、本件捜索差押許可状の差し押さえるべき物は、前記のとおり包括的であるところ、その記載の適否はともかく、具体的差押処分にあたっては、差押えの必要性を厳格に解する必要がある。本件顧客管理データは、本件会社とインターネットによる通信サービスの契約を結んだ会員のうち、アダルトのジャンルを選択したホームページ開設希望者四二八名の氏名、住所、電話番号等からなるデータであり、差し押さえるべき物のうち「顧客名簿」に該当するものとして差し押さえられたものと認められる。このうち、「morokin」のアカウントを使用して本件ホームページを開設した被疑者に関するものについては、本件被疑事実との関連性、差押えの必要性は明らかであるが、その余の会員に関するデータについては、アダルトホームページの開設希望者に限定したところで、本件被疑事実との関連性を認めがたく、差押えの必要性は認められないというべきである。

6  なお、本件顧客管理データについては、本件会社が所有権放棄書を提出していることが認められるが、強制処分である捜索差押手続において、所有権放棄書が提出されたからといって、強制処分が任意処分になるわけではないから、右所有権放棄書の提出により本件顧客管理データの差押えの違法性が治癒されるものではない。

7  よって、本件準抗告の申立ては理由があるから、本件顧客管理データの差押処分を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

三  適用法条

刑事訴訟法四三二条、四二六条二項

(裁判長裁判官 朝山芳史 裁判官 大圖玲子 裁判官 岩崎邦生)

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